PUBLIC GENEALOGY / 人物と歴史をめぐる
豊臣家を知る →実在豊臣秀吉の家系図
秀吉の母・大政所と兄弟姉妹、正室ねねと側室茶々、実子秀頼、甥で養子の秀次・秀勝を掲載。浅井・徳川家との婚姻もたどります。
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家系図をたどる
世代数に合わせて家系図全体を表示しています。横に広い図はドラッグ・横スクロールで移動できます。人物を選ぶと、その人を中心に表示します。
関係線の見方
- 実親子・血縁
- 養親子
- 継親子
- 婚姻・配偶者
- 側室・パートナー
- 兄弟姉妹(親子線がない場合)
- 同じ子を持つ親同士
血縁を優先して世代を配置しています。養親子・継親子の補助線は、同じ世代の人物を結ぶ場合もあります。線にマウスを重ねると関係を確認できます。
図に登場する家紋と画像のクレジット
- 徳川家の家紋・三つ葉葵:家系図バンク制作(独自模式図・実物の厳密な復元ではありません) 家系図バンク独自制作(模式図)
- 豊臣家の家紋・五七桐:Zagyoso / Wikimedia Commons(安全化・表示色調整) 配布元 Public Domain(作者による提供)
主な人物
豊臣秀吉を中心に、それぞれの人物とのつながりを紹介します。
妹
朝日姫あさひひめ
1590年没
豊臣秀吉の異父妹。1586年に家康の正室となった。
側室の父親
浅井長政あざい ながまさ
近江の戦国大名。市との間に茶々・初・江の三姉妹がいる。
側室
茶々ちゃちゃ
浅井長政と市の娘。豊臣秀吉の側室となり、秀頼の母となった。
養子の配偶者
江(崇源院)ごう
1573年 — 1626年
徳川秀忠の正室。家光・忠長・千姫らの母。
正室
ねねねね
豊臣秀吉の正室。北政所とも呼ばれる。
姉
日秀にっしゅう
豊臣秀吉の姉。秀次・秀勝の母。
側室の母親
お市の方おいちのかた
織田信長の妹。浅井長政との間に三姉妹が生まれ、のち柴田勝家と再婚した。
母親
大政所おおまんどころ
1517年 — 1592年
豊臣秀吉の母。なかとも呼ばれる。前半生には不明な点が多い。
子の配偶者
千姫せんひめ
秀忠と江の娘。1603年に豊臣秀頼と婚姻した。
妹の正室の相手の子
徳川秀忠とくがわひでただ
1579年 — 1632年
家康の三男。母は西郷局。江戸幕府の第2代将軍。
妹の正室の相手
徳川家康とくがわいえやす
1542年 — 1616年
松平広忠と於大の方の子。江戸幕府の初代将軍。
養子
豊臣秀勝(小吉)とよとみ ひでかつ
日秀の子で秀次の弟。秀吉の養子。江の夫となったが死別した。信長の子の秀勝とは別人。
弟
豊臣秀長とよとみ ひでなが
秀吉の弟。兄とともに豊臣家の政権を支えた。
養子
豊臣秀次とよとみ ひでつぐ
秀吉の姉・日秀の子。秀吉の養子となり関白に就いた。
子
豊臣秀頼とよとみひでより
豊臣秀吉の子。1603年に千姫を妻に迎えた。
中心人物
豊臣秀吉とよとみ ひでよし
1598年没
織田信長に仕え、のちに関白となった。ねねを正室とし、茶々との間に秀頼が生まれた。
家族関係の解説
つながりの先にある、一族の物語。
家族のつながりから、この家の歴史をたどります。
ねねと茶々の位置づけ
ねねは秀吉の正室、茶々は側室で秀頼の母です。二人を同じ呼び方で並べず、家族の中での関係を分けて示しました。茶々の親に浅井長政と市がいることも、秀頼の母方の系譜を読む手がかりになります。
甥であり、養子でもある秀次と秀勝
秀次と秀勝は日秀の子で、秀吉から見れば甥です。二人には秀吉との養親子の線もあります。日秀から続く血縁と、秀吉の家に入る関係を同時に読むことで、豊臣家の後継を考えるための人物配置が分かります。
参考:岐阜城の歴代城主
秀頼と千姫に重なる母方のつながり
秀頼の母は茶々、千姫の母は江で、二人の母は姉妹です。秀頼と千姫の婚姻には、豊臣家と徳川家を結ぶ側面に加えて、母方を通した従兄妹の関係もあります。姓の違いだけでは分からない近さが、家系図から読み取れます。
関連する家紋
受け継がれてきた意匠から、一族の歴史をたどる。
五七桐ごしちのきり
桐の花を五・七・五と配した紋で、豊臣氏の家紋として紹介されています。
画像:Zagyoso / Wikimedia Commons(安全化・表示色調整) 配布元 Public Domain(作者による提供)
家・一族について
秀吉の家系には、実子だけでなく、姉の子を養子に迎えるつながりが見られます。この図では母の大政所から秀吉へ続く関係を起点に、姉の日秀、弟の秀長、妹の旭姫を並べました。前半生の出自には不明な点があるため、実父については推測で補っていません。
正室はねねであり、茶々は側室です。秀頼の生母は茶々なので、婚姻の関係と母子の関係を分けて示しています。茶々の父母をたどると浅井長政と市につながります。秀頼の妻・千姫は秀忠と江の娘で、江は茶々の妹です。
もう一つの軸は、日秀の子である秀次・秀勝です。二人は秀吉の甥にあたり、同時に養子でもあります。さらに秀勝は江の夫であったため、豊臣家と浅井家の関係は一組の婚姻だけでは表せません。秀勝は同名の別人と混同しやすいので、小吉の名を添え、信長の子である秀勝とは分けて扱います。
- 国・地域
- 日本
- 時代
- 江戸時代戦国時代安土桃山時代
- 人物ジャンル
- 武将大名
出典・参考資料
記録の根拠をたどり、さらに深く知る。
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資料番号:165-0092
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