PUBLIC GENEALOGY / 人物と歴史をめぐる

織田家を知る →実在

織田信長の家系図

信秀・土田御前から信長、信忠と孫秀信へ。濃姫との婚姻、お市と浅井三姉妹、徳川・前田家へ嫁いだ娘たちをあわせて読む家系図です。

織田家の家紋:織田木瓜
織田家の家紋織田木瓜
19登場人物
21家族のつながり
7出典・参考資料

家系図をたどる

世代数に合わせて家系図全体を表示しています。横に広い図はドラッグ・横スクロールで移動できます。人物を選ぶと、その人を中心に表示します。

関係線の見方
  • 実親子・血縁
  • 養親子
  • 継親子
  • 婚姻・配偶者
  • 側室・パートナー
  • 兄弟姉妹(親子線がない場合)
  • 同じ子を持つ親同士

血縁を優先して世代を配置しています。養親子・継親子の補助線は、同じ世代の人物を結ぶ場合もあります。線にマウスを重ねると関係を確認できます。

中心人物織田信長織田信長 人物詳細
徳姫(信康正室) 人物詳細
図に登場する家紋と画像のクレジット
  • 織田家の家紋・織田木瓜:Mukai / Wikimedia Commons(安全化・表示色調整) 配布元 CC BY-SA 3.0
  • 徳川家の家紋・三つ葉葵:家系図バンク制作(独自模式図・実物の厳密な復元ではありません) 家系図バンク独自制作(模式図)
織田信長/イメージ肖像(AI生成)

この家系図の中心人物

代表人物

織田信長

信秀の子。尾張から勢力を広げ、信忠に家督を譲った。1582年、本能寺の変で没した。

02 / PEOPLE

主な人物

織田信長を中心に、それぞれの人物とのつながりを紹介します。

妹の正室の相手

浅井長政あざい ながまさ

近江の戦国大名。市との間に茶々・初・江の三姉妹がいる。

妹の子

茶々ちゃちゃ

浅井長政と市の娘。豊臣秀吉の側室となり、秀頼の母となった。

子

永姫えいひめ

織田信長の娘。前田利長の妻。

妹の子

江(崇源院)ごう

1573年 — 1626年

徳川秀忠の正室。家光・忠長・千姫らの母。

妹の子

初はつ

浅井三姉妹の一人。京極高次の正室。姉は茶々、妹は江。

子の配偶者

前田利長まえだ としなが

1562年 — 1614年

利家とまつの長男。永姫を妻とし、弟利常を養子とした。

子の配偶者

松平信康まつだいらのぶやす

1559年 — 1579年

家康と築山殿の長男。徳姫との間に登久姫と国姫がいる。

正室

濃姫のうひめ

斎藤道三の娘で、織田信長の正室。婚姻後の動向は確かな史料が乏しい。

孫

織田秀信おだ ひでのぶ

信忠の子で信長の孫。幼名三法師。岐阜城主となった。

父親

織田信秀おだ のぶひで

尾張の武将。信長の父で、斎藤道三との和睦は両家の婚姻につながった。

子

織田信雄おだ のぶかつ

信長の二男。本能寺の変後の織田家の継承に関わり、秀信の後見を担った。

織田信長/イメージ肖像(AI生成)

中心人物

織田信長おだ のぶなが

1534年 — 1582年

信秀の子。尾張から勢力を広げ、信忠に家督を譲った。1582年、本能寺の変で没した。

子

織田信忠おだ のぶただ

信長の嫡男。岐阜城を継ぎ、父と同じく本能寺の変で没した。

子

織田信孝おだ のぶたか

信長の三男。父の死後、岐阜城主となった。

妹

お市の方おいちのかた

織田信長の妹。浅井長政との間に三姉妹が生まれ、のち柴田勝家と再婚した。

正室の父親

斎藤道三さいとう どうさん

美濃を支配した武将。娘の濃姫が織田信長に嫁いだ。

徳川家康/イメージ肖像(AI生成)

子の配偶者の父親

徳川家康とくがわいえやす

1542年 — 1616年

松平広忠と於大の方の子。江戸幕府の初代将軍。

子

徳姫(信康正室)とくひめ

織田信長の娘で信康の妻。登久姫と国姫の母。娘の登久姫とは別人。

母親

土田御前どたごぜん

織田信長の生母。出自には資料上の検討が残る。

03 / FAMILY STORIES

家族関係の解説

つながりの先にある、一族の物語。

家族のつながりから、この家の歴史をたどります。

信忠から孫の秀信へ

信忠は信長から家督を譲られましたが、本能寺の変で父とともに没しました。信忠の子・秀信は、幼名を三法師といいます。信雄・信孝という叔父たちも図に並べると、幼い孫と成人した息子たちが並存した継承の構図が見えてきます。

参考:岐阜城の歴代城主

徳川と前田につながる娘たち

徳姫は家康の子・信康の妻、永姫は利家の子・利長の妻です。二つの婚姻を見比べることで、織田家の娘を起点とした大名家どうしの関係をたどれます。配偶者の家名だけでなく、その父親まで含めて読むと位置関係が明確になります。

参考:信康遺児の養育 — 寛政重修諸家譜

妹の市から浅井三姉妹へ

市は信長の妹で、浅井長政との間に茶々・初・江がいます。三人は信長にとって姪にあたります。この世代を図に置くと、後の豊臣秀頼や徳川家光の母方が織田家へつながる入口を確認できます。

参考:江〜姫たちの戦国〜:展示解説

家系図でつながりをたどる ↑
CRESTS / 家を象徴する意匠

関連する家紋

受け継がれてきた意匠から、一族の歴史をたどる。

04 / HISTORY

家・一族について

信長の親族関係は、織田家の当主が誰に継がれたかという縦の流れと、婚姻によって他家へつながる横の広がりの両方から読むことができます。父は信秀、母は土田御前。濃姫との婚姻をたどると、美濃の斎藤道三へつながります。
信長の子では信忠・信雄・信孝を掲載し、信忠の子である秀信までを示しました。信忠が父から家督を譲られた後、本能寺の変で父子がともに亡くなり、孫の秀信が継承の中心に置かれます。家系上の近さだけでは継承を説明できない場面です。
娘たちでは、徳姫と松平信康、永姫と前田利長の婚姻を取り上げます。また、妹の市と浅井長政の間には茶々・初・江が生まれました。この図は信長の全子女を網羅するものではなく、織田家の継承と、後の豊臣・徳川・前田家を考えるうえで重要な接点を選んだものです。

国・地域
日本
時代
戦国時代安土桃山時代
人物ジャンル
武将大名
05 / REFERENCES

出典・参考資料

記録の根拠をたどり、さらに深く知る。

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