PUBLIC GENEALOGY / 人物と歴史をめぐる
徳川家を知る →実在徳川秀忠の家系図
秀忠と江の子供たちを中心に、父家康から家光への継承、前田・松平・京極家や天皇家との婚姻、保科正之の系統を見渡す家系図です。
公開: / 更新:
家系図をたどる
世代数に合わせて家系図全体を表示しています。横に広い図はドラッグ・横スクロールで移動できます。人物を選ぶと、その人を中心に表示します。
関係線の見方
- 実親子・血縁
- 養親子
- 継親子
- 婚姻・配偶者
- 側室・パートナー
- 兄弟姉妹(親子線がない場合)
- 同じ子を持つ親同士
血縁を優先して世代を配置しています。養親子・継親子の補助線は、同じ世代の人物を結ぶ場合もあります。線にマウスを重ねると関係を確認できます。
図に登場する家紋と画像のクレジット
- 徳川家の家紋・三つ葉葵:家系図バンク制作(独自模式図・実物の厳密な復元ではありません) 家系図バンク独自制作(模式図)
主な人物
徳川秀忠を中心に、それぞれの人物とのつながりを紹介します。
配偶者の父親
浅井長政あざい ながまさ
近江の戦国大名。市との間に茶々・初・江の三姉妹がいる。
配偶者
江(崇源院)ごう
1573年 — 1626年
徳川秀忠の正室。家光・忠長・千姫らの母。
子の正室の相手
後水尾天皇ごみずのおてんのう
和子を中宮に迎えた天皇。将軍家との婚姻関係を持つ。
子
初姫はつひめ
徳川秀忠と江の四女。京極忠高の妻となった。
子の養父
保科正光ほしな まさみつ
信濃高遠城主。正之を養子に迎えた。
子
保科正之ほしな まさゆき
徳川秀忠の子。母はしづの局。保科正光の養子となり、のち会津松平家の祖となった。
子
勝姫かつひめ
徳川秀忠と江の三女。越前の松平忠直に嫁いだ。
子の正室の相手
京極忠高きょうごく ただたか
徳川秀忠と江の娘・初姫の夫。
子の正室の相手
前田利常まえだ としつね
利家の実子で、兄利長の養子となり家督を継いだ。珠姫を正室に迎えた。
子の正室の相手
松平忠直まつだいら ただなお
勝姫を妻とした越前の大名。秀忠の子女の婚姻先の一つとなる。
孫
明正天皇めいしょうてんのう
後水尾天皇と和子の娘。徳川秀忠と江の孫にあたる。
配偶者の母親
お市の方おいちのかた
織田信長の妹。浅井長政との間に三姉妹が生まれ、のち柴田勝家と再婚した。
母親
西郷局さいごうのつぼね
1589年没
家康の側室。秀忠と忠吉の母。
子
千姫せんひめ
秀忠と江の娘。1603年に豊臣秀頼と婚姻した。
子の母親
しづの局しづのつぼね
保科正之の生母。秀忠の子のうち、江を母としない系統を示す人物。
子
珠姫たまひめ
徳川秀忠と江の次女。前田利常に嫁いだ。
中心人物
徳川秀忠とくがわひでただ
1579年 — 1632年
家康の三男。母は西郷局。江戸幕府の第2代将軍。
子
徳川家光とくがわいえみつ
1604年 — 1651年
秀忠と江の子。幼名は竹千代。江戸幕府の第3代将軍。
父親
徳川家康とくがわいえやす
1542年 — 1616年
松平広忠と於大の方の子。江戸幕府の初代将軍。
子
徳川和子まさこ
徳川秀忠と江の五女。後水尾天皇の中宮となり、明正天皇を生んだ。
子
徳川忠長とくがわただなが
秀忠と江の子で家光の弟。幼名は国松。
子の配偶者
豊臣秀頼とよとみひでより
豊臣秀吉の子。1603年に千姫を妻に迎えた。
家族関係の解説
つながりの先にある、一族の物語。
家族のつながりから、この家の歴史をたどります。
江の子供たちが結ぶ五つの婚姻先
娘たちの名前を婚姻先へたどると、千姫は豊臣秀頼、珠姫は前田利常、勝姫は松平忠直、初姫は京極忠高へつながります。和子の婚姻は天皇家へ及びました。五人を一括して「将軍の娘」と見るだけでは分からない、それぞれの家との接点です。
家光と忠長、そして正之
家光と忠長は秀忠と江の子です。保科正之も秀忠の子ですが、母と育った家を分けて読む必要があります。正之には生みの父である秀忠と、養父の保科正光という二つの親子関係があります。線の種類を区別すると、血縁と家の継承を混同せずに見渡せます。
和子から明正天皇へ
和子と後水尾天皇の娘が明正天皇です。秀忠からは孫にあたり、父から子へ続く将軍家の系譜とは別に、娘を通じた天皇家とのつながりが見えます。家光から見れば、明正天皇は姉妹の子という関係になります。
関連する家紋
受け継がれてきた意匠から、一族の歴史をたどる。
三つ葉葵みつばあおい
三枚の葵の葉を配した、徳川家を象徴する紋です。
画像:家系図バンク制作(独自模式図・実物の厳密な復元ではありません) 家系図バンク独自制作(模式図)
家・一族について
秀忠の家系を読むと、将軍職の継承と娘たちの婚姻が同じ一枚の図に重なって見えてきます。父は徳川家康、母は西郷局。正室の江は浅井長政と市の娘であり、この婚姻によって徳川家は浅井家の系譜とも結ばれました。
秀忠と江の間には二男五女がいます。家光と忠長という兄弟だけでなく、千姫・珠姫・勝姫・初姫・和子の行き先を見ることが、この図のもう一つの軸です。豊臣・前田・越前松平・京極の各家、そして天皇家へと親族関係が広がります。和子と後水尾天皇の娘が明正天皇です。
一方、保科正之は江の子ではなく、しづの局を母とする秀忠の子です。保科正光との養親子関係は、秀忠との実親子関係と分けて示します。このページでは家康のすべての子孫を追うのではなく、秀忠の家庭から次の世代へ広がる結びつきに範囲を絞っています。
- 国・地域
- 日本
- 時代
- 江戸時代戦国時代安土桃山時代
- 人物ジャンル
- 将軍
出典・参考資料
記録の根拠をたどり、さらに深く知る。
関連する偉人家系図
徳川家康の家系図
徳川家康を中心に、父母・妻・主要な子女と、信康・秀忠の子女をたどる家系図。国立公文書館などの公開資料...
徳川家光の家系図
三代将軍家光を中心に、父母の秀忠・江、正室孝子、家綱・綱重・綱吉と孫家宣を掲載。実親子と養子による継...
織田信長の家系図
信秀・土田御前から信長、信忠と孫秀信へ。濃姫との婚姻、お市と浅井三姉妹、徳川・前田家へ嫁いだ娘たちを...
豊臣秀吉の家系図
秀吉の母・大政所と兄弟姉妹、正室ねねと側室茶々、実子秀頼、甥で養子の秀次・秀勝を掲載。浅井・徳川家と...
真田昌幸の家系図
幸隆の三男昌幸を中心に、兄信綱・昌輝と、息子信之・信繁の両系統を掲載。本多家・大谷家との婚姻と、孫の...
伊達政宗の家系図
輝宗・義姫から政宗へ続く系譜と、愛姫との婚姻、五郎八姫と松平忠輝、忠宗の仙台系統、秀宗から宇和島へ続...